質問1351:原理原則を教わってもすぐに変わるということはない

回答ありがとうございます。

食事について空腹という言葉は曖昧な感覚だと思うのですが、そのサインはお腹がなる。つまりお腹が鳴ったら必要だから食べる。ということでしょうか。

不必要な欲求は生存欲求を薄めることででなくなるのですね。結局自分は生存欲求が高いのですね。アトピーにしても、食事にしても、承認欲求にしても。いまいち墓地やスーパーなどの死を見つめても、やはり生きているという現状や多くの高齢者がいる現実からこの歳までは生きるのだろうという思いが拭いきれず、それが生存欲求を薄められていない要因かもしれません。

それから満たされているライオンの例ですが、満たされているというのは、具体的に何割くらいなのでしょうか。もちろんもう食べられないというくらいまで満たされている時は食べたいとは思いませんが、満腹が6割くらいで空腹ではないけど、満腹ではないときはまた食べたくなってしまいます。

また身体のサインについて質問があります。以前セルフケアは行ってしかるべきということを仰いましたが、知識がない状態では、どんなセルフケアをすれば良いか分からないということにはならないのでしょうか。例えばアトピーの要因は様々な食品であることが科学、統計的に分かっています。1960年代アトピー患者が初めて発見されてから、急増した同じタイミングで政府はフライパン運動を行っており、植物油の使用が急増したことからアトピーの大きな要因の1つとして植物油と言われています。正確にはそれに含まれている成分。(忘れてしまいましたが、その成分はほかの食品にも使われるもの)(忌避することはないが、以前読んだ本の知識は残っている)という知識があれば、アトピーが出た。じゃあこれを減らそうというセルフケアができる訳ですよね。
また食品に関してもその食品が持つ栄養化や効果かは、最近疲れている→鶏のもも肉みたいなのもよく言われる話ではないでしょうか。

身体のサインが出て、今まで通り暮らしては何も変わらない気がしますが、どうでしょうか。

憂鬱について、その通りでした。上がる感情があるからより下がる感情を感じるのですね。だから心をぶれさせない事が大切。具体的には快を感じた時どのように対応すればいいのでしょうか。物理的にその行為、行動をやめるのか、それとも思考をコントロールして、感情を鎮めたり、見方を変えたりすればいいのでしょうか。

無常であり、どんな上がる感情も色褪せそれが苦になるのに、求めてしまうのは刺激中毒だからですね。
これだけ教わっても生存欲求が薄まっておらず、相変わらず刺激中毒で、結果的に苦を感じストレスが溜まってます。

原理原則を教わってもすぐに変わるということはないのですね。トレーニングが単純に足りてないのですね。

薬の常用は気をつけたいと思います。

お返事お待ちしてます。


回答
どれくらいが満たされている割合か?
それこそ「頭」でいくら考えても、分かるものではありませんよ。
「身体」で感じるものです。
時と場合によって違うし、体調や気分によっても異なるでしょう。

たまにダイエット本などを目にして、愕然とすることがあります。
「あなたの体格と活動量から算出すると、
1日に必要なエネルギー量は1800キロカロリーです!」などとある。

それが、科学的、統計学的に導き出された計算式なのだそうです。
だから、世間の「知識」はアテになりません。

その計算式で身体が成り立っているわけがないし、
鵜呑みにすると頭でっかちになって、
身体で感じられなくなる原因になります。

生きるのにも最も根源的な、
何をどれくらい食べればいいのかが、分からなくなる。

知識のなかった昔の人は、そのへんをわきまえていました。
あるいは動物もそう。

現代人が、頭で「分かろう」とするから、
「感じられなくなる」のでしょう。

意識が優位になると、他の識が劣位になります。
眼耳鼻舌身意(げんにびぜつしんい)。
詳しくは『集中力のトレーニングBOOK』をさらってみてください。
フォームを意識すると、ボールが見えなくなるのです。


生存欲求も、頭で分かったからといって、
すぐに薄められるわけではありません。

筋トレのRepetition Maximumを理解したからといって、
トレーニングしなければ、筋力がアップしないのと同じです。

もちろん、全ての知識が役に立たないと言っているわけではありませんよ。
先のカロリー計算のような「世間的な知識」が、
ほとんど役に立たないだけです。

「風邪をひいたら風邪薬」は緊急事態を除いて、
病状を長引かせかねないとお伝えしました。

セルフケアするとしても、それが合理的であれば良いのですけれども、
頭でっかちになると、身体の声を聞けなくなるから、
往々にして裏目になりがちです。

高血圧を医師に指摘されて、降圧剤を飲む。
すると、どうなるでしょうか?
もちろん血圧は下がり、数値は改善されます。
計算式どおりです!

ところが血圧が高まるのは、
加齢などにより血管が固く劣化し、血が流れにくくなるから、
出力を高めて身体のすみずみまで血液を送り届けようとする身体の「反応」です。

なのに圧を下げてしまったら?
むしろ血液が行き届きにくくなり、
さまざまな不調を来してしまいかねません。
世間的に忌避されがちな高血圧ですら、「合理的な反応」なのです。

だとすれば「血圧を下げる」のではなく、
「しなやかな血管を取り戻す」のが、
合理的なケアではないでしょうか?

身体のサインが出たら、それを無視しないことでしょうね。
身体がダルくなったら、「それ以上動くな」というサインなのに、
世間の知識では栄養ドリンクを飲んで無理やり動かそうとするから、
慢性的な疲労体質になってしまいます。

痒みが出て、「じゃあこれを減らそうというセルフケア」をしてみたけれど、
改善しないのだとしたら、「これ」が本質的な原因ではないのかもしれません。

統計がすべて間違っているとは申しませんけれども、
ナイチンゲールはこんな言葉を残しています。


「快を感じた時どのように対応すればいいのか?」
すでに申し上げました通り、
いたずらに喜んでしまわないことです。

普通、嬉しいと「もっともっと」と、
喜びたくなるでしょう?

そうすると、次に少しツライことがあっただけで、
下駄を履かされていた分、ものすごく落ち込むのです。

先にお伝えしました15万円だった月給が、20万円になると、
「もっともっと」と欲しくなる分、
元の15万円に「戻っただけ」で、すごくツラくなるのと同じです(笑)。

ものすごく落ち込んだら、
次に少し嬉しいことがあっただけでまた舞い上がる。
振幅がどんどん拡大し、心がメチャクチャ不安定になるのです。

ところが嬉しい時にも喜ばないでいると、
下駄を履かされていない分、次にツライことがあっても、
さほど落ち込まずに済みます。
つまり、一喜一憂しなくなる平常心が培われてくる。

とはいえ取り組み初めの段階では、
ツライことがあった時に、
憂鬱にならないようにするのは大変でしょう?

ですから、嬉しいことがあっても喜ばない方からスタートして
(これは比較的ラクにできると思います)、
不快が深くならないように心を仕向けるのが、
禅のテクニックと申せます。

「原理原則を教わってもすぐに変わるということはない」というのは、
まさしく本質的なご指摘だと思います。
「禅即行動」の教えの通りです。

最後に、喜びの感情というのは大きなエネルギーですから、
それを発散させずに温存することで、
ボールに対する集中力へとリサイクルできるメリットも、
付け加えておきましょう。

もちろん大会に優勝するなどして、
たまに喜びのエネルギーを発散するのまでは、
否定しません。

 

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