404.2020年、明けましておめでとうございます

2020年、明けましておめでとうございます。

今朝の東京の元日は、
前日の記録的な温かさだった大晦日とは対照的に、
強い寒波に見舞われているようです。

と、まるで「他人事」のように記しますのは、
夏に、エアコンを使わなくても暑くないのと同様に、
冬も、暖房器具類を使わなくても寒くないからです。

今ではそんな身の上ですけれども、
若い頃は人一倍の「寒がり」でした。

冬は「寒い」のを通り越して、
「痛い」のを嫌悪していたものです。
要するに、「怒っていた」わけです。

しかし怒れば怒るほど、
怒りの潜在エネルギーは増幅するのがセオリーですから、
ますます寒さを嫌がり、痛さを怖れる体質が、
助長されていたと言えます。

そんな私も「集中力のトレーニング」を継続するうちに、
「寒い」というのは、かなり個人的な主観だと気づくに至る。
感じ方は、人それぞれです。

この私がどんなに「寒い!」と感じていようとも、
その感覚には人によってグラデーションがあり、
絶対的な正しさが存在するわけではありません。

「集中力のトレーニング」を具体的に申せば、
大雑把に「寒い」と感じるのではなく、
その寒さの「芯」みたいなものを、
繊細かつ微細に観察します。

「腰が冷える」とか、
「足の指先が冷たい」とか、
「胸元がスースーする」とか。

そうすると、誰にでも分かるはずです。
「腰の冷え」を感じている時、
「指先の冷たさ」は感じません。

「指先の冷たさ」を感じている時、
「腰の冷え」は感じません。

「眼耳鼻舌身意」(げんにびぜつしんい)。
例えば「見ること(眼識)」「考えること(意識)」とは、
トレードオフの関係にあり、
両方に集中することはできないと繰り返しお伝えしてきました
(だからフォームを意識すると、ボールが見えなくなって、打ち損じます)。

さらには「身識」の中でも、
「腰の冷え」と「指先の冷たさ」について、
両方を同時に寒いと感じることはできません。

ですから、
最も寒いと感じるのが足の指先だとしたら、
腰の冷えは感じません。

さらには寒いと感じる「足の指先」の中でも、
「つま先側」なのか、「指の付け根」なのか、
「右側面」なのか、「左側面」なのかといった具合に、
「寒さの芯」を、集中力を高めて繊細かつ微細に観察します。

そうしましたら、
寒さを感じているのはつま先側の「ほんの一点」だけという塩梅になり、
もはやそんな「砂粒」ごときのちっぽけな感覚は、
嫌うに値しなくなるのです。

要するにこれが、人一倍寒がりだった私が、
寒さを嫌悪しなくなるに至った
「集中力のトレーニング」による成果と言えましょう。

一般的には、
寒さに集中して実感を高めたら、
「ますます寒さが身にしみてツラくなる!」と思われがちです。

逆です。
それだと大雑把に感じてしまうから、
全身が寒いと錯覚して余計にツラくなるはずです。
それは、意識が散漫だからです。

そうではなくて、集中力を高めて、
ピンポイントで「寒さの芯」をグーッと実感すると、
「寒い」という感覚は、実はかなり個人的な主観で、
絶対的な正しさが存在するわけではないと分かります。

その結果、寒さは木っ端みじんに砕け散り、
外部環境に好悪を左右されにくくなる「しぶとさ」が、
この心身に宿るのです。

「寒い」のはもちろん、
「暑い」のも「痛い」のも同様です。
集中力が高まれば、それらの感覚は木っ端みじんに砕け散ります。


さらには!
よーく実感する集中を通じて、
感じている芯の部分の細胞が「活性化」しますから、
「寒い」なら、ポカポカしてきますし、
「暑い」なら、スースーしてきますし、
「痛い」なら、和らぎ、治癒も早まります。

「心頭滅却すれば火もまた涼し」という有名なフレーズがありますね。
「心頭滅却」というのが、「集中」なわけです。
寒さ厚さ痛さを感じても、即「嫌だ」とは、ならなくなるのです。

というわけで、
「寒いのがツライ!(あるいは暑い、痛いのも!)」という方にも、
「集中力のトレーニング」は非常にオススメです。

外部環境に好悪を左右されにくくなる「しぶとさ」が、
この心身に宿ります。

そうしてこの世の中から嫌悪する対象が、
なくなればなくなるほどハッピー
それにより、ますます集中力は上がって物事が好転し始めます
怒りの潜在エネルギーに、力を費やさずに済むからです!

今年も何卒お願い申し上げます。

 

即効テニス上達のコツ TENNIS ZERO トップページ
http://www.tenniszero.jp/

▲このページのトップに戻る